なんとか中世演習を二回やり終えたんで、一月末までは近代の演習と読書会課題図書にようやく集中できるわ(;´▽`A``
じゃあ演習終えたばっかだし、たまには専攻の話でも。。。
今期の中世演習は日本中世流通史の整理と題して、60年代~2000年代に出された論文を先生が厳選しそれを一覧にして順に提示。各論文=課題図書となり、それぞれがチーム(2~3人)を組んでどの論文を担当するかを自分たちで決める。やる内容としては、①課題図書の解説および根拠としている史料の解析・検討、そして②関連論文(例:発展論文)・批判論文の紹介ならびに③チームで考えた評価点・問題点の紹介と検討をする、いわゆる読書会形式。
今期は自分のスケジュールや組む人の良し悪しは全く気にせずに、自分のやりたい論文を選んだ。その基準は、テーマが面白く、知ってる論者の二点。まあ、実際どの論者も有名な人ばっかりなんでしょうけどね(゚ー゚; で、今回担当させてもらったのは、①鈴木敦子氏の「中世後期における地域経済圏の構造」 ②岸田裕之先生の「備作地域の戦国時代と中世河川水運の視座」 実際二つとも読んでて面白かったし、「うへーすごいなぁ・・」としか言葉が出なかった。
選んだ理由を少し詳しく言うと・・・
①は、二年生の後期に受けた流通史を扱った授業(日本中世研究)で紹介されたこともあって、そのときからずっと気になってたから。
②は、岸田先生だから。岸田先生は広大名誉教授で、今は確か龍谷大にいらっしゃるはず。自分が現役の時にAOを受けたとき、短時間だったけど二次試験の面接で話す(≒指導)機会があった。あと、高校の恩師から、在学中は国文だったのにもかかわらず「岸田先生の講義は欠かさず聞いてた」、「すごい先生よ」っていう話を聞かされてたもんだから、それ以降ずっとこの人の授業を受けてみたいと思ってた。だけど、自分が受かったときにはすでにいらっしゃらず、代わりに今の先生が在任してたってゆー。。。もし、岸田先生が今もいらっしゃったら、迷わず卒論は中世でやってたと思うな。一度も授業を受けたこともないのに、たった一度会って指導されただけで魅惑された先生。せめて論文でも…ってことで、即担当したいって志願した。ちなみに、今の中世の先生も素晴らしい先生です。これまでいろんな教授を見てきたわけだけど、基本的に指導者としてはろくでもない奴が多いってのが率直な感想。特に総科w そんな中、指導者としても学者としても人間としてもほんとにできた先生だと思う。実際みんなが声を揃えて絶賛してるし。だから、卒論は中世にしようかすごく迷った(いや、実は今も迷い中・・)けど、逆に面倒見がよすぎて、できない生徒にとっては本当の意味で為にならないから止めたっていうのが本音。自分はそのできない生徒の一人なもんだから、先生に甘えてしまったら自分の為にならないなと。。。近代の先生もAOのときに感化された思い入れのある先生だから、近代でいくことになっても後悔はないつもり…多分(;・∀・)
さてさて、折角だしすんごく簡潔に論文の内容を紹介してみまふ。
①…佐々木銀弥や脇田晴子に代表されるよう、従来説かれてきた「求心構造論」に対し、80年代に鈴木敦子さんが説いた「地域経済圏」「局地的ルート」という考え方が含まれている論文。中世前期における「求心構造論」は認めるが、後期においては求心化しない流通がみれれるよう、各地で地域的流通が発展し出すことを指摘。問題提起として、①地域経済圏の実証 ②求心構造に支えられて発展したことの妥当性の検討を挙げ、瀬戸内海地方を舞台に三節に分けて論証するという内容になってる。各節での内容は省略するけど、その中で「地域経済圏」という考え方と「局地的ルート」について簡単に説明してみる。
「地域経済圏」とは村落での生産上昇と貨幣経済の浸透が契機となって、領主的荘園市場が周辺農民の日常物資交換の場・銭貨獲得の場へと変化し、これらが15世紀になると各地に在地市場が誕生し、やがてこれらの市場を包摂する経済圏が出来上がってくる。このようなローカル規模の経済圏が「地域経済圏」で、この核となる市場が「地域市場(いちば)」である。
「局地的ルート」とは、全国各地にある荘園年貢物が領主の下へ運ばれるような、(ア)地域→京都を中心とする畿内へ (イ)海外貿易品が海外⇔博多や赤間関⇔兵庫津(のち堺も)⇔畿内へ = 瀬戸内海航路・南海路~畿内 (ア)(イ)のようなルートを「幹線ルート」とするならば、それに対して地域間でも流通があったとし、そういった地域~地域間における流通ルートが「局地的ルート」である。
結論を言えば、瀬戸内海地方の事例を挙げることで、地域市場を中心とした「地域経済圏」の存在を論証し、また「局地的ルート」が陸上・海上(=主要港湾と浦)において存在することを指摘し、「幹線ルート」の発展は「局地的ルート」の発展によって支えられていたと主張している。結局、問題提起①の論証、②の批判によって、「求心構造論」を批判した内容となってる。でも、後々評価及び批判論文(例:佐々木銀弥)で「地域経済圏」の自己完結性が批判され、両論を止揚するという形で、地方・全国において重層構造があったという考えが導き出された。こうのような流れを受けて、今のところ、中世後期における流通経済=「幹線ルート」・「局地的ルート」は互いに補完的な存在として成立していた所に特徴があった、という論が定説化している。らしい。
さてさて、長くなったし②はもっとすごく簡潔に(^-^;
②…戦国時代の岡山は、毛利と織田の激烈な対立が展開されたため、在地領主層(地侍・土豪など)で滅亡した者が多い=史料が少ないらしく、郷村の実態やそれと関連して大名権力はどのようにそのような基本単位となる在地を支配をしていたのかといった諸問題が解決できない状態にあるらしい。そこで、史料が少ないながらも、新たに見つかった「新出沼元家文書」(7点)を使い、従来とは異なる別の「視座」から諸問題に対しての回答を試みるという内容になっている。
まず注目したのが岡山を流れる三つの河川。(ア)残された少ない事例から、これらの存在が流通・交通の要衝という意味において重要であったことを説き、同じような境遇にあった安芸国佐東郡の事例を用いることで、備作地域の水系を中心とする在地における支配のあり方を推測した。また、(イ)沼元氏が水系を領地に持ち、軍事的・経済的な在地領主であったことが新出文書から僅かに窺えるとし、農・商・兵がはっきりしない=双方の側面を持つ有力な在地領主であった毛利氏家臣の堀田氏を事例に挙げることで、上記の説を論証しようとしている。
冒頭で史料的限界があるとしているため、根拠として薄いといった指摘は著者にも重々承知されている事柄なので批判点とはし難い。そのせいか、同論文に対する批判論文を見つけることが出来なかったため、自分らは安芸国で用いた二つの事例を検討することで、本当にそれらによって(ア)(イ)妥当性が補強されるのかといった視点で今回は作業をしてみた。すると、確かにそれらが類似していること・水系を中心とする流通のあり方が重要であることは分かった、でも、前者において、やはり厳密に言うとどの程度まで当てはまるのか漠然としているために疑問が残った。そういうわけで、これが問題点であり、此の手法でどの程度補強できるのかはっきりさせることが課題になると思う。
以上長くなったけど、これが①・②のかなり大まかな内容。
①では、従来言われていた「求心構造論」に対して新たな視点を提起・対置させた点、現時点での定説にかなり影響をもたらしている点でかなり画期的な論文だった。
②では、岡山のように、史料的制約を克服するためには、水系の存在の大きさを評価・注目し、残された史料を密に読み込み、読み取ることで様々な可能性を想定し、他の事例を援用することで、可能な限り実態を解明しようとする新たな視座(=「中世河川水運における視座」)を導き出した点で評価できる論文だった。
っていうのが、個人的に思った評価点。まあ、①・②のように、従来の定説を翻すような画期的な論文が基となって、いろんな地域においてそういったテーマが検討されるようになり、やがてそうやって検討された地域での論証結果が積み重ねられて、じゃあ全体としてはどう結論付けるべきか?という問題に再び帰ってくるといった、研究史の流れというものに直に触れることができて、すごくいい経験になったし、そういった意味でも二つの論文が持つ意味の大きさを実感できた(゚ー゚) 今回の演習を通して、中世流通史に関する知識はもちろん、論文の読み方や根拠としている史料を検討することの大切さ・検討方法及び視点etc. 多くのことが学べたし、今回やったような作業が卒論をやる上で大きく影響してくることは間違いないんだろうな。だから、今手を抜くことは最終的に自分に跳ね返って来るわけで、そう考えると、就活ができてない状態に対しても、自分はこの姿勢で間違っていなんだろうなって思える。でも、どちらか一方に陥ることのないように、もう少し就活に対して意識を強めて残り少ない学生生活を頑張ろうヘ(゚∀゚ヘ)
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