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一年五ヶ月と六日①

000 大きな転機、それは彼女との破局
自分にとって初めての彼女で、すごい話しやすくて、素で接することができる大切なパートナーだった。喧嘩になっても、冷静になって自分に非がなかったか考えて、少しでもあったら自分のほうから謝るようにしてきたし、それで納得できてた。それと遠距離だったからほぼ毎日連絡を取り合うようにしてた。一度話し出すと軽く数時間経つ、そんないつも仲良しの二人だった(小さな喧嘩は度々あったけど笑)…あの日までは。
いくつかの壁を二人で乗り越え、一周年記念日を九月に迎えた。それから二ヶ月経ったある日のこと。彼女のほうは秋から事務職に就き、慣れない環境のせいもあってか愚痴を多くこぼすようになった。それを聞いてあげるのは彼氏の役目だし、聞くこと自体負担ではなかった。そんな中、あの日、いつものように愚痴を聞いてたんだけど、ついつい自分の悪い癖が出てしまった。相手の愚痴に対して肯定することが当然なのに、自分でもよく分からないというか、多分いつもより配慮が足りていなかったのかな…否定とまではいかんくても、客観的に見て根拠がないから肯定も否定もできない的な答え方をしてしまった。それと真剣に聞いている風に見えなかったらしい。というのも、深刻な場面ではなぜか少しでも明るくしようとしてしまう自分がいて、これがヘラヘラしているように見えてしまうらしい。この二つの態度が彼女を怒らせることになって、しかも自分は自分のほうで、何がいけないのか分からないという少し怒った態度をとったことが彼女の火に油を注いでしまい、謝ったものの甲斐なくある二つの選択肢を突き出された。
一つは「別れる」、もう一つは「距離を置く」。これまでに喧嘩した際「別れ」をちらつかせることはお互いほとんどしてこなかった。だって下手したら本当に破局に陥るかもしれないしね。だから二人の間じゃタブーだった。でもこのとき彼女は本気だった(少なくとも自分にはそう見えた)。それでも自分としては「別れ」はもってのほか、「距離を置く」ことにも強く反対した。遠距離なのにさらに距離を置いたら気持ちが薄れる可能性が出てくる。そしてその先にあるのは自然消滅ただ一つだ…そもそも距離を置いていいことなんて一つもない、距離を置く=別れたいんじゃないのかという考えが自分の中にあって、それはなんとしても避けたかった。
それに対して彼女の返答は、別れたいのかというとそこまでは思ってない、でも二つのうちどちらかを選んでとのことだった。なぜ二つに一つなのか…普段どおりやりたくない理由として、先の話を聞く態度と自分の悪い点(以前から喧嘩になるたび言われていた)を引っ張り出してきた。そうやっていくつか挙げて、これらを改善しないとこの先やっていけない、と。悪い点の大半は自覚があるから黙って聞いてた。いつものように「すべて自分に非がある点だよな?」と自問自答してた。でも、このとき初めて、「でも…自分だけが悪いの?」って思ってしまった。そんな考え止めろって思っても、止めれなかった。何が自分を揺さぶったのか…。
それは「学生だから」「遠距離だから」というどうすることもできない、そして絶対言って欲しくなかった二つの言葉。さらに話を聞く態度も踏まえて「大人になるまで連絡してこないで」という言葉。そしてとどめの言葉「価値観の違い」。「学生ってどうしようもないじゃん…それに遠距離は承知で付き合ったんじゃないのか?今までなんとか努力してきたじゃん…なんでそういうこと言うの…」「大人っておれだけが子供なの?○○○はそんなに立派な人間なの?」「価値観が違うのは人間だから当たり前でしょ?それを理由にされたらもうどうしたらいいんだよ…」。
結局、「別れ」たくなかった自分は「距離を置く」ことを選んだ。迷いに迷ったけど、そっちを選んだ。やっぱり好きだったから。最後に「当分会わないし、連絡もない」と言われ、クリスマスは日程上前々から無理だったんだけど、年末には必ず会おうという約束をしていただけに、ショックはかなり大きかった。こうして彼女と距離を開けることになった。

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