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2009年9月

シューズケア用品

帰宅´ω`)ノ

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 昨日は早朝に日南を出て、昼過ぎに広島に到着。そっから野球観戦前に、PARCOのARROWSでクリームとブラシを購入note 防水スプレーはABCマートで。もちろん、チャッカブーツのケア用。買ってすぐに防水スプレーはしとったほうがいいらしい・・。ちょっと買うのが遅くなったけど、なるったけ長持ちさせるぞheart01んでまた、靴磨きが楽しいこつ(。・w・。 ) 毎日サッカーシューズ磨いてた頃を思い出すわー。

 今晩は夏休みも最終日というわけで、国史の先輩と飲みへ行ってき。帰ったら、昨日の観戦の感想でもUPしようかな|∀・)ノ

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ジュースカメラと時計

欲しかった二つの品+αがついに到着♪ へ(´∀`ヘ)へ)))))

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 これまた先日注文した品が到着happy02 今回はHIGHTIDE DAILY DEPOTさんで通販してみた。

 まず一品目はジュースカメラ(↑写真)。外見がおもしろくて、安いトイカメラを探してたところ、これに一目ぼれ(*v.v)。 使い勝ってや写りがどんなものかは分からないけど、安い分壊れやすそうだから大切に扱いたいな。トイカメラらしいトンネル効果ってやつ?そういう一枚が撮れたら、安物だし今回は満足note お値段は2280円。但し、フィルムは付いてません

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 二品目はオバルアラームクロック。何かいい目覚まし時計ないかなーと探していたところ、なんか一昔の匂いがするこいつに遭遇。アラーム専用で考えると若干値段が高いけど、そもそも家に時計がない状態で二年半も過ごしてきたわけだし、ルーム時計買わない分、アラームクロックにまわすと考えれば安いかと思い、購入bell

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 α…このシールはスケジュール帳にぺたぺた張って、イベントや用事がある日を分かりやすくしてくれる優れもの。早速ぺたぺた張ってみた。。。のはいいけど、今のとこバイトや勉強関係以外のシールは全く使ってない・・○rz

 大学入ってからあまり物を大切にしてない気がするから、もっと物にも思いやりを持って長く愛用していけたらいいな。

 

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長崎のお土産

長崎旅行で買って来た物の紹介ヽ(´▽`)/

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 えー、今回買ったのは ①和華蘭カルタ ②出島レターセット ③長崎堂のカステラ ④カステラキューピーちゃん の四つ。

①…確か1200円くらいした。痛い出費だったけど、このかるたは日本・中国・オランダ三ヶ国の要素を踏まえて作られてるから、個人的には買い♪でした。が・・・肝心のかるたをする相手がいないってゆー(ノ∀`) かるたしてくれる人募集中ですw

②…贈るのにちょうどいいと思って購入present

③…定番ですね。グラバー園駐車場のすぐ側にも店舗があった。でも、出島で買ったってゆー。

④…ひそかに各地のキューピーを集めてる私あんこ。これで集まった数は、もらったのも合わせて、大阪(秀吉)・京都(宇治茶摘)・滋賀(信長)・兵庫(大石内蔵助)・広島(カープ)佐賀(後日発表)・長崎(カステラ)の7つ。宮崎のがないのは、空港にそれらしきものがなかったため。噂によると、東国原やマンゴーのキューピーがあるらしいけど、どこに売ってんの?w

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 あ、あとこれもあったわ。グラバーラムネ げな。買うつもりはなかったけど、ラベルに「長崎にもってきたとが、はじめげな。」って書いてあったのを見てびっくりΣ(・ω・ノ)ノ!宮崎だけかと思ってたけど、長崎でも使ってるかは知らんけど、一応使えるっぽいね。いや~ますます長崎が好きになったnote ちなみに「げな」は「~らしい」「~だってさ」っていう意味で使います。古文で言えば、伝聞推定の助動詞「なり」っすかね。「男もす(る)なる日記を女もしてみむとてするなり」(土佐日記)ってあったね。懐かしいcatface

 

 ちなみに研修旅行でのお土産(カスドース)は実家に贈りました。さすがに費用だしてもらったしね。研修旅行でもいろんな場所に行ったし、近々書きたいな。でも、連勤で長文を書く暇がないsweat01

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誰が「百年の孤独」や

ふんだ、20年後には彼女ができてるはずだし( ゚д゚)、ペッ

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 最近金欠で自炊に追われる毎日・・。まあでも、6月~8月酷かったもんなあ。忙しいことを言い訳に全く自炊してなかったもん。。。まあ意外と自炊も楽しいから、続く限り頑張ろう。

 広島風お好み焼きを約一年ぶりに作ってみた。味は、うん。微妙w 青海苔の色が変色してるのは、まあ気のせいでしょ、、、ι(´Д`υ) いつものごとく全部食べきれずに冷蔵庫へ。美味しいと多分完食してるのかもwobbly

 そしてそして、画面右隅及び下の写真のお酒を見て見てsign01 その名も「百年の孤独」。焼酎を飲む人ならもちろん知ってるでしょう。地元の飲み屋で一杯頼むと600~700円はくだらない品。人気が出すぎてプレミアがついてしまった焼酎です。そういうのあんまり詳しくないけど、百年の孤独が高くて手に入らんのは知ってた。これは二浪時代のセブン仲間の一人(といっても30半ばのおじさん)から頂いた物。いや~門川さんっていい人だわ。仕事は早くて手は抜かないし、人柄もいいし、気が遣えるしetc 数少ない尊敬できる人間の一人です。なので感謝を込めて飲んでます。が、アルコール40%だからちょびちょびしか飲めないw 味は焼酎ではなく、ウイスキーみたいな味がする・・。なんでだろ?その辺よく分からんけど、ありがたくちょびちょび飲むだけだ(゚ー゚;

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 うーん。。。一人酒はまあ好きというか、慣れてるけど、やっぱ一緒に飲めるような相手がいたらいいよなあ。なんて思ったり。

 写真右は佐賀のキューピー。京都(宇治)のやつと似てたから、思わず購入happy01 もしかしたら、この茶摘コスチュームって、全国見渡せばまだまだあるのかもeye 静岡とかありそうw

 話は変わるけどもう秋ですよ。「あはれ」な秋空(日中は雲一つない秋晴れ、夕方は物寂しげな夕焼け)を見るとしみじみする。。。あとこの時期になると風がすこし冷たい。秋の「空」と「風」って懐かしい思い出を引き出してくれるから好き。引き出されるってことは、自分にとって、秋から冬にかけての思い出が一番多いんじゃないかなって思う。だから好きな季節は自然と秋・冬になるのかも。秋・冬が年間通して一番異性に声かけられてたなあ。てか、声かけられたくらいでいい気になってるあたりが空しいなw ┐(´-`)┌ でもなんでだろ?肌が少し白くなるからかなw それはまあ置いといて、懐かしい思い出に浸りつつ、大学三年でも何か思い出を作りたいな。ま、厳しいと思うけど。。。

 ふぅ、結構ほろ酔いだわ。aikoえりあし 聴いてしみじみするか。いや、superfly愛を込めて花束を の  もいいな。ったく、誰かさんに歌ってもらいたいよ。BUMPsupernova真っ赤な空を見ただろうか もいいかも。

 眠い・・sleepy

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わが地元宮崎は日南の紹介④

坂元棚田

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に行ってきました。場所は酒谷という山と川に富む地区で、吾田(あがた)からは山道もあるし意外と遠い。この酒谷を抜けると、都城へと通じ、熊本や鹿児島へと続きます。

 まず写真を見てもらいましょう。

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 遠景モードにするの忘れてたから写り悪いけど。。。一目見て、普通の棚田じゃないことが分かるはず。飫肥杉が茂る山の麓にあるこの棚田は、特に中央部が整然と区画されてる様子が見て取れるeye 実はこの棚田の歴史は浅く、昭和3~8年(※実際は11年までかかった模様)にかけて作られたもの元々茅場だったのを、明治25年頃に水田化しようと計画が練られ、それから結構な年月を経て測量を開始(大正14年)、昭和に入ってようやく工事が実行された。なんで整然とした区画がなされてるのかというと、馬耕を前提とする新田開発構想だったらしい。実際に牛馬が通る用の通路(馬耕の道)もあった(↓写真)。

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 この道は若干幅が広く、上まで続いていて、歩いてみると凸凹してて人間には若干歩き辛い仕様になってた。多分気のせいじゃないはず^ ^;

 石垣の石は全て現地のものが利用され、初めは専門の技術者(被雇)による石積みがなされたそうだが、工事が進むと地元の人が見よう見真似でその技術を習得、その後は家族総出で行われたらしい。こんだけ広い区画(※9.4ha中の約5.3ha分)の整備を、低予算・人手不足・設備不完全っていう悪条件なら、そりゃ8年も掛かりますわな。。。マジ大変そう(lll゚Д゚)

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 ちなみに水源は赤ナメラ谷と半四郎窯谷の二つの谷で、1.5kmに渡る用水路を開拓し、各水田に水を供給している。前掲の写真でも分かるよう、傾斜のきついほうを正面に、棚田の中央部、それから右っ側を水が走っている。特に中央部の、上から下へと段々流れ落ちていく様子は美しくて、見てて涼しくなるhappy01

 このような歴史背景と景観の美しさから、坂元棚田は棚田百選にも選ばれ、数年前には棚田サミットがこの地で開催されました。宮崎の南部だと、稲刈はとっくに終わってる(だいたい3月には田植え・8月中に稲刈)のに、ここは標高も高いせいかまだやってなくて、6月に田植え・10月に稲刈するらしい。そういや西条の田んぼも田植え・稲刈が遅くて、坂元棚田とだいたい時期が一緒だわ。それが普通なんかな、、、なんか違和感sweat01 整然と区画されたこの棚田を踏まえて、昭和期の宮崎の農政を探ってみたいなあと思った。ってことで、これを後期の近代テーマにしてみます。史料があるか微妙だけど、でも地元をやりたいな。

 となると、文書センターに史料を複写(デジカメで撮影)させてもらうために、今月末にもう一度宮崎に帰らねば。でも、お金が・・・(u_u。)

 棚田は全国各地で見られるけど、酒谷の整然と区画された坂元棚田は他に類をみないらしいです。棚田マニアのみなさん、是非一度訪れてみては(・∀・)

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長崎旅行④―長崎市内~帰宅

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 最後に訪れた場所は平和公園。公園・爆心地・資料館は行ったことあるけど、友達がいったことなかったんで、もう一度訪れてみることにpaper  時間的な都合で、平和の像と爆心地の見学だけになったけど、やはり胸に迫るものがあるね。。。前、原爆の日に書いたように、ここでも「平和になりますよう に」という似非平和の祈りをすることはしなかった。祈るだけじゃダメだから。そんな無責任なことできないよ。ただ安らかに眠って下さいという想いを込めて この地を後にした。

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※写真左から…平和の祈念像/爆心地/浦上天主堂遺構

 

 17:00頃に平和公園を出発。長崎独特の坂道や山の中腹に並び立つ町並みともお別れ。。。約6時間かけて西条に無事到着。

 

今回の旅行の行き先と観光地はすべてあんこチョイスで、定番をたくさん入れてバランスをとってみました。所々、中にはマニアック?な場所もあったかもねw 個人的には、夜景・出島・唐人屋敷が面白かったなあ(*´σー`) もちろん友達とのドライブや談笑も楽しかったnote 今回は自分の希望を通してもらったことだし、次回があれば今度は従順に従うつもりです^ ^; 次は今回いけなかった友達も交えて行きたいな。


はよ帰ってこんかw

 

 さてさて、ただいまの時間AM2:30・・・ちなみに今日から三泊四日の国史研修旅行。朝広島駅新幹線口集合で、その時間は8:00。ってことは、起きんといけん時間は・・・最低6:00前www 超寝不足だわ\(^o^)/ これからお風呂に入って、洗濯物乾かして、旅行に行く準備して(←まだしてないという脳天気っぷり)、それからですな寝れるのは○rz 友達の家で0:00前まで遊んでたのがいけんかったなw 

―おわり―



 

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長崎旅行③―長崎市内

 朝一番に起きたのは、日ごろ遅刻ばっかりしてる私あんこ。こういうイベント事には滅法強いんです|ω・)ノ いろいろ準備して、みんなが起きるて準備ができる間、iPodでシャッフル×シャッフルmusic

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 結局、出発は9:30と遅めのスタート。まず、最初に行ったのは、国宝で唯一の洋風建築物である大浦天主堂。秀吉の命で処刑された26人の聖人に捧げるべく、幕末に造られたもの。中学の頃来たときは特に何も感じなかったけど、日本建築ばっかり見てきた自分にとって、改めて見てみるとかなり新鮮に映った。外観、中のこうもり天井、ステンドグラス、祭壇などなど、日本の寺社と比較すると全く異なってて面白かった。詳しくないから分からないけど、和と洋じゃ構造や装飾に対する考えが根本的に違うんでしょうか。あんな風に装飾された窓や柱や天井(構造)を見た当時の人が受けたカルチャーショックって大きかったんだろうなあなんて思ったりeye あと、よく信仰のために命を捧げれるよなーなんて思ったり。。。再度来てみてよかった。

 

 次はグラバー園に行こうかと思ったけど、他の二人があまり乗り気じゃなかったし、自分も一度行ってるからここはパス^ ^;(↓写真左は祈りの丘美術館)

 暑い中一歩きしたところで、朝食兼昼飯をとりに近くのレストランへrestaurant
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 二人は皿うどん、自分はトルコライス。メニューに「大人のお子様ランチ」って書かれてて、案の定からかわれる始末w く・・でも間違ってないのがはがゆいわ(;;;´Д`)ゝ

 

 こちらも美味しく頂き、次に向かったのは出島。どうやら、最近だいぶ整備されてるらしいとの情報を得たので向かってみると、確かに整備されてた。資料館での説明によると、出島の内部(建物)は年代によって様々で、現代によみがえろうとしている諸施設は、19世紀の状態を参考に復興したらしい。鎖国後に来航が許された国は、オランダ・中国・朝鮮・琉球・アイヌで、出島とはオランダの商館があった場所。今でこそ埋め立てられてるけど、昔は湾に突き出た扇型をした島になってて、オランダ人の拘束が目的だったため、出入りは厳しく取り締まられていたという。最盛期は確か17世紀後半~18世紀初めっていう説明があったかな。結構、いろんな施設が復元されてて見所もそれなりにあった。具体的には、カピタン部屋、料理部屋、乙名部屋、水門、石垣、学校、諸資料館(蘭学館や貿易館)、溝、池、井戸などなど。特に諸資料館では、貿易面とその他の面(蘭学)オランダが日本に与えた影響の大きさを丁寧に説明してくれてて、分かりやすかったから来てよかったなnote 

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 簡単にまとめると…中世においては日本(例:京・堺商人)も直接東南アジアに出て買い入れていた、南海産の貿易品(主に香味料)は鎖国のせいで入手できなかったため、代わりにオランダが中継者となって日本に輸出していた(他には、当初生糸も輸入)。日本からは金・銀・銅、陶磁器などが輸出された。しかし、19世紀になると海外情勢の変化からオランダの立場も大きく変わり、また日本も幕末に至って幕府が通商条約を結んだことで、出島の役割は終了。ってな感じ。 蘭学面は説明要らないと思うから割愛。

 以上が出島の簡単な歴史。ほんとはもう少しじっくり見たかったけど、他の二人が「早くして」って急かすもんだから、不十分なまま渋々出島から退却。お土産を買って車へ。

 

 次に向かったのは、唐人屋敷。オランダと同様、中国も貿易を許された国の一つで、主に貿易に携わる中国人が塀や掘りで囲まれた敷地に居住することを許された(制限された)場所を指す。屋敷地は広大で、後々唐風の建築物が建てられていく。明治には大火で焼失するも、その中で残っているものや再建された建物を今回は巡ってみた。

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 これらは、日本建築に共通する部分がありながらも、違う部分(屋根の反り、軒先瓦、レンガ、祭壇などなど)も結構あってすごい興味深かった。昔の人って、信仰に厚くって、すぐ拠り所となるような施設を造ろうとするよね。この辺に中国人がたくさんいて、日本に住みながらも中国の文化を大切にする人々の息遣いが聞こえるような気がして、巡ってて楽しかったnote

 ※写真右から…土神堂/天后堂/福建会館/観音堂  それぞれ江戸初期、中期建立、明治後期、江戸中期に建立

 

 異国情緒あふれる出島と唐人屋敷(跡と文化財)は是非訪れるべき!長崎の歴史を語る上で、絶対避けては通れない道やじ( ゚Д゚)y─┛~~

―つづく―

 

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長崎旅行②―佐世保・長崎市内

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 佐世保に入ったはいいが、思った以上に都会で、かつ道が狭くて坂が多くて交通量が半端なかった(´Д`;≡;´Д`) ナビに従って町の中をしばらく進むと、大きな道路の途中で「ヒカリ」を発見!でもいきなりすぎて、三車線の左端にいたため右折できず○rz 気を取り直し迂回してもう一度トライ。すると今度は店を目前にして、「あれ?駐車スペースがなくね!?」と自分と友達が焦ってる間に、運転する方の友達がいつの間にか違う車線に入ってて、またも失敗w 再度気を取り直して、駐車場所も探して迂回。再々度ヒカリ付近に迫るも、適当な駐車場所が見つからず、何を期待して付近のかわき道を登坂。駐車場所はおろか、引き返すこともできずに数kmも狭い坂道を進んでく一行。。。

Photo  なんとか大きい道に出れ、もう一度元いた場所に引き返して冷静にトライ。やっとこさ着きました。四度目の挑戦でw 時間は予定より遅れて18:00を回ってた。

 早速るるぶに載ってた人気の佐世保バーガー(スペシャルチキンなんちゃら)を注文。ワクワク・・

 愛想のいいおじちゃん(店長)が出してくれたバーガーのお味は。。。「うまし!(春日)」いや~ほんとおいしかったnoteなんかマヨネーズとケチャップがすごくいい味出してたマック<ロッテリア<モス<佐世保ですな。お昼からあんまり間隔空いてなかったけど、ぺろりと完食´ω`)ノゴチ

 ちなみに値段は430円。この味でこの値段は安いかとeye また食べたいなあ・・。

 さて、「ごちそうさま」した後、いよいよ長崎市内へ。長崎まで10kmくらいの所で、まさかの燃料ランプが点滅するというまさかの事態もあったけど、運よくICが近くて、そこを降りてすぐ行った所にガソリンスタンドを発見。珍しくauの助手席ナビが活躍^ ^

 市内に入ると「ついに来たぜ!」と一人興奮。21:00すぎホテル着。民宿チックなホテルだと思ってたのに、普通に綺麗なホテルだった(苦笑)着いてすぐ、1000万ドルの夜景を見に、稲佐山の展望台を目指して出発rvcar

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 てっげ綺麗sign03 昔修学旅行で来たけど、こんげ綺麗やったっけsign02 市街地を車で走ってたときに、「ほーこうやって市街地をライトアップしてるから、上からみると綺麗な演出になるのか」って思ったけど、狙い通りこんなに綺麗に目に映るとは。風がてげ強かったけん、なかなか上手く撮れませんでしたが・・。京都の整備された夜景も綺麗だったけど、長崎はただ光ってるだけじゃなくて、山や海がシルエットになっていい感じなんだよね。ともかく、これは是非デートで行ってみたいsign01でも次彼女できるの20年後だわw 周期的に/(^o^)\

 夜景を見終わり、折角だからとご当地的な食べ物を求めに市街地へ。歓楽街を選んだせいか、時間が遅かったせいか、ちゃんぽんや皿うどんの文字が全く見えない。やけに目立つのは、セクシーなお姉さま方やホスト(笑)と若干名の黒服たち。観光客もなにげにたくさんいたeye んで、偶然見つけた店がここ(だいたい23:30頃)。

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 福山雅治おすすめの「思案橋ラーメン。入ってみると、席ほぼ埋まってて、福山のサインが何枚もあって、他にも多くの有名人のサインが( ゜Д゜)下調べしてなかった分、偶然人気店に行き着いてなんか嬉しかった~。で、早速注文。二人はちゃんぽんを、中華系を苦手とする僕はラーメンをw 好き嫌いの激しいあんこおじさん( ;´_ゝ`)

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 肝心のお味はというと、なかなか美味しいかったcatface ちゃんぽんも美味しかったげなear こってりしすぎてなくて、薄くもない感じかな。お腹減ってないのに、美味しかったからこれまたペロペロっと完食。基本少食なのに、この日はいけましたね^ ^

 写真右・・(゚д゚)マッ!!!!! 見せの正面に立つ怪しい店というか、そのまんまw 子供によろしくないw 撮るのも恥ずかしかったから、ブレてピントがあってないや。

 夜景で満足、麺で満腹な一行は再びホテルへ。しかし、その帰り道にちょっとした事件が。。。誤って一方通行の道に迷い込む寸前で、タクシーのおっちゃんに助けられ、なんとか事なきを得た事件。ふう、危うくルール違反やったわーと安心もつかの間、その道は運悪く交番前で、一気に四人の警官が躍り出てきたw 運転してたのは、、、はい、僕です^ ^; 幸い道に入る寸前だったから、セーフだったけど、マジ凹んだー(u_u。)だってだって、あんな箇所に一通の看板置かれても、こっちから見えんこっせん!?そうやって観光客をおびき寄せて餌にしてんでしょ・・ってすねつつ、「免許証ば見せて」「飲酒はなかとね?」と聞かれ、長崎弁も同じ九州人として心地いいな~と思いつつ、ペコペコ謝罪。警察に頭下げるとかマジ勘弁。。チキショヽ( )`ε´( )ノ でもあの人らいい人ではあった。ほんと特に観光客は一通には気をつけんといかんばい

 ドライブ面では三人全員がちょこちょこミスをw 他の二人も疲れたのか、2時前には就寝。個人的にはお酒飲みたかったけん、次の日も運転、しかも寝不足やったし、静かに寝てやりました^ ^

―つづく―

 

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長崎旅行①―秋芳洞と壇ノ浦SA

⊂二二二( ´∀`)二⊃{ 8月31日・9月1日…友達二人と長崎ドライブ旅行に行ってきました♪
↓宮島SAでの一コマ
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 免許取って半年しか経ってない私あんこ。今回は免許って2年経つやつ と 一週間前に取ったばっかりのやつ 計三人で東広島→長崎へ。危険な場面も多少あったけど、なんとか死なずに帰ってこれてよかったcoldsweats01

 友達の遅刻により、予定より30分遅れの8:30に出発rvcarまず目指したのは、山口県の秋芳洞。友達が「マジすごいけん」ってうるさいから、とりあえず行ってみることに。

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 入り口から「お!」っと期待させる風景で、いざ入ってみるとすごい広くて長くてびっくり(・oノ)ノ いたるところに水が流れてて、いろんな形をした岩達がいっぱいいた。自然が生んだスケールのでかさに、三人とも「お~!」「すげ~!」しか言ってなかった気がする^ ^; この鍾乳洞、様々なネーミングも特徴的で、個人的に気に入ったのは「くらげの滝のぼり」。

 写真は左から順に、①入り口と滝 ②傘づくし ③百枚皿 ④千町田 ⑤黄金柱 ⑥くらげの滝のぼり

 秋吉台も見たかったけど、時間が押してたため撤収。再び長崎へ。うん、友達が勧めるほどのことはあったねshine

 

 昼過ぎ(14:30)、下関ICを通過!九州はもう目と鼻の先。ここで歴史的に有名な壇ノ浦のPAへ。昼食をとることに。ご当地的なのは食べず、敢えてのカレーを頼むあんこ。好き嫌いが多いと困りますねw

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 写真左は関門橋壇ノ浦。潮流が変化して・・という説が強く残る壇ノ浦の合戦。でも、詳しい合戦内容が「吾妻鏡」に載ってない以上、本当のところはよく分からないのが実情単に戦力的に平家方が不利だったことが勝負の分かれ目だったんじゃないのかな。ただ、二つか三つくらい潮が織り交ざってるように見え、潮の変化が激しそうだなとは感じた(気のせい?)。まあ、いずれにしろ、ここで平家一門が果てたのは事実なので、やっぱり想う所はあるなあ。。。哀れな平家方やその後の義経に想いを馳せる一方で、大河ドラマ「義経」(確か2005年)で、平時子を演じた松坂慶子と、平徳子(建礼門院)を演じた中越典子がすっごい綺麗だったのを思い出した(・∀・)ああいうお姉さんいたらいいんですけどね。。。(*ノv`)

 写真右は門司港。レトロ地区が整備されてるらしいけど、ここは明日からの国史研修旅行(笑)で訪れるっぽいんで割愛。

 

 感慨にふけってた自分とは違って、他の二人は何も思ってなかった様子w むしろ早よ行くぞオーラが出てたんで、写真も数枚に抑え車へ。腹ごしらえを済ませた一行はいよいよ九州上陸。そして、福岡の混雑する高速を経、佐賀をあっという間にスルーして佐世保へ。

                                               ―つづく―



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わが地元宮崎は日南の紹介③-2

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 ばあちゃん家で一息ついて、大島小学校跡に軽トラで出発。母曰く、学校までの道は、木々が生い茂っていたせいで昼間でも暗く、道も舗装されていなかったからすごく怖い道のりだったらしい。つまりコンクリートも何もない険しく長い山道やったげな。

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 昔と違って舗装された山道を登ってくと、アドベンチャーキャビン (旧大島小跡地)に到着rvcar 焼却炉らしいものと、記念碑以外で当時を偲ぶものはありませんでした^^; このキャンプ場の経営者とは知り合い(というか島民で交流がない人はいない)で、今年こそ不況のせいか奮わなかったけど、例年予約で一杯らしい。自然に触れ合いたい、癒されたい、海で遊びたい、釣りしたい、BQしたい、といった方々には是非おすすめ(。・w・。 ) 宿代も2100円と激安note ここを経営してる夫婦は、母やばあちゃんによると、ほぼ自給自足生活をしているそうなんで、だからこの価格が提示できるんじゃないかなeye とにかく、安いのでおすすめですhappy01


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 この後がてっげ大変でした(特に運転した母w)。道と呼べないような車一台がやっと通れるような山道を行き続けて?分。もう掛かった時間も覚えてないや。とにかく長くて熱くて草ボーボーで険しかったことしか覚えてないです。そうしてやっとのこさたどり着いたのが、鞍崎灯台。日本最初の無筋コンクリート灯台(明治27年設立。戦時は6度の空襲をうけ、戦後に復旧されて今日に至る。昭和40年から無人化され、定期巡回へ)で、島の最南端に位置してます。登ってみると結構高くて風も強くビビりながらのポーズ^^;欲を言えば中に入りたかったなあ。歴史ある灯台を見れたし、日向灘と近隣の島々も一望できて、険しい道を行った甲斐はありました。なーんかさっきから黒い奴らがうろちょろしょんなーと気になり、ふと上を見上げると、なんととんび(?)が9羽も飛んでましたw こんげもたくさん見たのは初めてだわ・・coldsweats02

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左:日焼け対策しすぎのうちのおばはん。格好が怪しすぎるw

右…ばあちゃん家の隣の家(→今は不在)のアコウの木。看板もあったし、多分これが島内で一番大きくて、県内でも有数のアコウの巨樹なんだけど、肝心のぶっとい幹周り部分が写真に入ってなかったってゆー・・○rz

 いくつか紹介したけど、一番の魅力はなんと言っても手付かずの自然。こればっかりは行ってみないと分からない。写真では表現できないです。

 島は大小様々かつ海岸特有の木々で覆われてて、それら木々に止まってあっちこちで鳴く蝉はせわしく、道中所々で綺麗な花が顔を覗かせてる中を、蝶々が優雅に飛び交い、ふと上を見れば鳥たちも自由気ままにさえずり飛び交っている。水ある所に蟹の行軍、土ある所に蛇や虫。島の周りを囲む海は澄んでて青く(昔よりかは汚れてるけど・・)、ここにも貝や魚といった生き物がたくさん暮らしてる。大島に住む生き物たちにとってはまさに楽園。

 残念ながら川はないけど、大島に行けば海と山の自然を両方楽しめる貴重な体験ができると思います。これから先、おそらくほぼ無人島(=宿泊経営者以外いなくなる)になると予想されるけど、そうなる前にせめて大島の歴史だけでも知っておかねば、目に焼き付けておかねば・・と思い、今回8年ぶりに訪れました。この島を何らかの形で残せたらとは思いますが、この時勢に住むという人はいなくなるはず。自分も自給自足には憧れるけど、一生を島で過ごすのはいろんな面で困難が考えられるし、そこまでする勇気が出ない。寂しいけど・・生活空間としての大島は間違いなく消えるはず。でも、まだ観光やキャンプするにはすごく魅力があるので、観光資源として市に活用してもらうことで、大島を存続させて欲しいです

 あと。。。おばあちゃん、体に気をつけてね( ´・ω・`)

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わが地元宮崎は日南の紹介③-1

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 帰省中、大島に行ってきました。大島は元南郷町にあったけど、今は南郷も日南に併合されたんで、大島も日南の一部となりました。

 まず、大島の歴史と、島と自分の関係について。。。

 近世に関して言えば、飫肥藩の牧場(牛・馬)が置かれた島で、特に良馬の産出に適していたらしい。時代がぐーっと下ってから、日南から移住した人らによって開拓されていった(19世紀前半くらい~)。なので、基本的に人が生活しだすのは近代に近くなってからではないかと。もうちょっと詳しく調べときますsweat01

 その大島には母親の実家があって、お盆の時期には毎年足を運んでたものの、高校になってからずっといってませんでした。今じゃ、島民も高齢となり、住んでる人も少ない(十数世帯)です。島の人は半農半漁で暮らしてきたそうで、おばあちゃんはもう80歳になるのに、今も島に残って自給自足に近い生活をしています。昔は小学校・中学校もあったそうで、300人近く住んでたらしい。母も大島小出だけど、中学校は早くに人数不足から閉鎖され、南郷中に通ってたらしいです。じいちゃんは海軍の少佐だったらし く、戦争で死にました。なので、ばあちゃんは女手一つで四人(全員女)を育てたわけですが、その苦労は相当なものだったようです。男手がいなくなったた め、ひいばあちゃんと共同で田・畑・家畜(牛や鶏)・網漁で生計を立てたそうです。ちなみにうちのばあちゃん、「・・・娘(長女)の家にいてもTV見てゴロゴロするだけだから、、、と畑仕事に精を出す嶋田さん・・・」という記事が写真付きで今年の宮日(地元新聞)に載ってました( Д) ゚ ゚ 

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 さてさて、大島の紹介を。まず、目井津港から船役15分かけて島へ。てか船場にいっぱいくらげが浮いてたw 母もこんなの見たの初めてげな^^; 大島付近では、水上ボート(?)を楽しむお客さんもいました。楽しそうnote

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 島は道が悪いけん、やっぱり車がないときつい^-^; というわけで、ばあちゃんの知り合いに軽トラを借り、坂道を走り中腹にあるばあちゃん家へ。ちなみに、島に車は数台しかないそうな。もちろん、ばあちゃん家にはない。ばあちゃんは歩くのも厭わないお方なのです。頭が下がります_/\○ 

 あと、家に上がるとき、玄関近くに蛇がいて、母が「わぁー!!」とか言って逃げるのを見て、ばあちゃんは「蛇が遊んじょっだけやっさがー」って笑ってました。おそるべしcoldsweats01 写真は旧馬小屋とばあちゃん家。

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 トイレは昔ながらのぼっとん便所だったんだけど、数年前に似非水洗トイレ(→便座はあるけど中の構造はぼっとんのまま)に替えたらしい。なので写真には撮らず。てかトイレ撮るとかないわなw お風呂もこれまた昔ながらの、火を焚いて入る釜風呂。すごいなあ・・。

0052_2 0049_2 ○おまけ…いとこ(長女の子供で、over30の三人兄妹)も小学校の頃まで大島に住んでいたらしく、子供部屋にはこんな懐かしいポスターも。

千春髪ふさふさじゃんw

 

                                             ― つづく ―

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