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わが地元宮崎は日南の紹介④

坂元棚田

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に行ってきました。場所は酒谷という山と川に富む地区で、吾田(あがた)からは山道もあるし意外と遠い。この酒谷を抜けると、都城へと通じ、熊本や鹿児島へと続きます。

 まず写真を見てもらいましょう。

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 遠景モードにするの忘れてたから写り悪いけど。。。一目見て、普通の棚田じゃないことが分かるはず。飫肥杉が茂る山の麓にあるこの棚田は、特に中央部が整然と区画されてる様子が見て取れるeye 実はこの棚田の歴史は浅く、昭和3~8年(※実際は11年までかかった模様)にかけて作られたもの元々茅場だったのを、明治25年頃に水田化しようと計画が練られ、それから結構な年月を経て測量を開始(大正14年)、昭和に入ってようやく工事が実行された。なんで整然とした区画がなされてるのかというと、馬耕を前提とする新田開発構想だったらしい。実際に牛馬が通る用の通路(馬耕の道)もあった(↓写真)。

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 この道は若干幅が広く、上まで続いていて、歩いてみると凸凹してて人間には若干歩き辛い仕様になってた。多分気のせいじゃないはず^ ^;

 石垣の石は全て現地のものが利用され、初めは専門の技術者(被雇)による石積みがなされたそうだが、工事が進むと地元の人が見よう見真似でその技術を習得、その後は家族総出で行われたらしい。こんだけ広い区画(※9.4ha中の約5.3ha分)の整備を、低予算・人手不足・設備不完全っていう悪条件なら、そりゃ8年も掛かりますわな。。。マジ大変そう(lll゚Д゚)

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 ちなみに水源は赤ナメラ谷と半四郎窯谷の二つの谷で、1.5kmに渡る用水路を開拓し、各水田に水を供給している。前掲の写真でも分かるよう、傾斜のきついほうを正面に、棚田の中央部、それから右っ側を水が走っている。特に中央部の、上から下へと段々流れ落ちていく様子は美しくて、見てて涼しくなるhappy01

 このような歴史背景と景観の美しさから、坂元棚田は棚田百選にも選ばれ、数年前には棚田サミットがこの地で開催されました。宮崎の南部だと、稲刈はとっくに終わってる(だいたい3月には田植え・8月中に稲刈)のに、ここは標高も高いせいかまだやってなくて、6月に田植え・10月に稲刈するらしい。そういや西条の田んぼも田植え・稲刈が遅くて、坂元棚田とだいたい時期が一緒だわ。それが普通なんかな、、、なんか違和感sweat01 整然と区画されたこの棚田を踏まえて、昭和期の宮崎の農政を探ってみたいなあと思った。ってことで、これを後期の近代テーマにしてみます。史料があるか微妙だけど、でも地元をやりたいな。

 となると、文書センターに史料を複写(デジカメで撮影)させてもらうために、今月末にもう一度宮崎に帰らねば。でも、お金が・・・(u_u。)

 棚田は全国各地で見られるけど、酒谷の整然と区画された坂元棚田は他に類をみないらしいです。棚田マニアのみなさん、是非一度訪れてみては(・∀・)

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