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わが地元宮崎の紹介①―串間

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 時間がある限り更新しようってことで、先月帰省中に串間に行ったときの紹介を。。。

 串間市内にある「旧吉松家住宅」に行ってきた。

 理由は、卒論でなじみがあるから。

 中でも、長年県会議長(後、代議士)を務めた吉松忠敬は、「日誌」にも度々登場するよう、児玉氏と同派であったらしく、また自分の実家がある南那珂郡の代表者として忠敬は県政に携わったため、個人的には親しみがある人物。

 さて、その忠敬が議長に就いていた大正8年に上棟されたらしいけど、どうも造りが普通の家じゃない(゚ー゚; 部屋もたくさんあんあるし、それぞれが庭に面しているので、どうも旅館のように見えた。

 んで、ネットで調べてみると、どうやら「買収した」という噂も・・。つまり、旅館として別人が建てたが、後にそれを誰かが買い上げ、さらにそれを吉松家が買ったらしい。

 まあ、あくまでも噂だけど、造りからして旅館だったというほうが説明がつくような・・(;・∀・)

 とにかく、吉松氏が住んでいたことは確かだろうから、吉松家住宅としておこう(汗)。

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 写真の図面をみれば分かるように、旧志布志街道に面している。

 肝心の宅内は、シンプルなお庭やレトロな部屋があったりして楽しい。

 

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 これ畳何畳だろ?とにかく広かった。

 土間も残されていて、用具や調度品など(当時のままかどうかは不明)が配置されてた。

 その他には史・資料部屋が設けられていて(※表示がない限り、写真を撮らないのがマナー)、気になったのは忠敬関係の史料。これについては後述します。

 

んで、二階にもあがってみた。

 虫に喰われまくった漢文の冊子(テキスト?)があって、もしかしたらこれを使って勉強したのかななんて想像してた。

 一番気に入った写真はこれ。

 

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 吉松氏が愛用していたと思われる旅行ケーストランク

 忠敬が使っていたかどうかは分からないけど、もし使っていたとしたら、、、県民・市民のために出宮・上京する際はいつも一緒だったのかな・・こいつらはあの時代を知ってるのか・・なんて想像して、一人感慨に浸ってた(*´σー`)

 史料の件だけど、展示されてあるのは日記のようなものや、県会議長としてのスピーチ下書きなど僅か数点。帰り際に職員(串間市)の方にお話を伺ったところ、「吉松家文書」は現在もなお整理中とのことで、不定期で研究者のような方々に依頼するらしい。目録を拝見したところ、どうも材木商関係の文書などが中心で、日記の類はまだまだ整理されていないらしい。そもそも忠敬に限って言えば、不精筆らしい(苦笑)
 まあ確かに誰でも文書が読めるわけじゃないし、読めても理解できなきゃ意味もないから、その辺を市の職員さんにやれっていうのはさすがに酷だわ。もし日記の類が整理さていれば・・なんて思ったけど、それ以前に「児玉伊織日誌」でアップアップだしw

 一応、研究内容をお伝えして、関連史料があれば閲覧させていただけるようお願いして、その場をあとにした。。。

 観光施設にするなら、やっぱり吉松氏・宮崎県政に関して研究が進んでいないとダメなんじゃないかな。大正期の建築物だから訪れるっていう人は、場所が場所だけになかなかいない気がする(※串間は県最南部)。
 「吉松氏は○○な存在で、実は村長や県会員、代議士になったんだよ」、そして「~や…な偉業を達成した偉い人なんだよ」ってアピールすることが大事かと。
 吉松家の場合、建築物よりやっぱり人に魅力があると思う。県会員や代議士ってほとんどとりあげられることはないけど、彼らの県政にかける想いと行動は、今以上に評価されるべきだと思う。

 「表面上役に立つ」ものを重視する時代(いま)の中じゃ、学問においても歴史学の立場はかなり苦しい。お金も人も割いてもらえない。だから串間でも研究は進まない。てか、串間だけじゃなく、宮崎全体、いや全国各地域で人手・人材不足+資金不足の問題が研究を停滞させている。

 歴史って決して役に立たない学問じゃない。

 歴史をやっていると、今と昔って密接に関連してることに気づく。それだけじゃなく、今と未来も密接に関連することも多々ある。

 じゃあその昔、どういった時代の中で、誰がどう動いた結果、何がどのようにして遺されたのか。今それに対して、どう働きかけているのか。

 これを追求することに大きな意味があると思う。歴史学は過去だけじゃなく、現在・未来にまでその範囲は及ぶこともある。見渡して原因を解明・予測できるのは歴史学だけ(※言葉を借りるなら「歴史学は医者、できるのは処方ではなく、原因特定」)。そういった意味でも、きっと「役に立つ」はず。

 このままこんな時代が続くなら、きっと正しい歴史の認識なんて一向に進まず、地方では地元の歴史が解明されないまま、そこに住む人にさえ忘れ去られていくんだろなあ。。。

 いずれにしろ、近い将来、文化よりも目先の利益をとったツケが絶対やってくる

 あ、文化云々より先に「イエ」や「ムラ」の消滅が始まってるっぽい…伝統の消滅って早いんだなあ┐(´д`)┌

 余談がすぎた(汗

 串間に訪れの際は、ぜひ大正時代の雰囲気を味わえる「旧吉松家住宅」へ。

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